2008年3月26日

環境問題はなぜ理解しにくいのでしょうか・・・

環境エコロミー(環境+経済+私)というサイトの記事を紹介したいと思います。
私個人は今までで一番共感できました。


「エコの壁」(上) 環境問題はなぜ理解できないか――養老孟司さんに聞く

「エコの壁」(下)「ほどほどの成長」に参勤交代を――養老孟司さんに聞く



<以下は、一部引用を羅列してます。>

――環境問題はなぜ理解しにくいのでしょうか?

 環境問題はシステムの問題だからだ。社会システム全体を考えないとだめ。部分的に解決しようとしてもうまくいかないから、環境保護の推進派もその反対の人も、時々ヒステリックに反応する。そういった問題点が集約されているのが、地球温暖化問題だ。

 本当に大切なのは、生き物と同じように、環境問題もちゃんとそのシステムを理解すること。残念ながら全体を把握するための学問は存在しない。

 国民1人あたりの排出量は確かに多い。1人当たりの排出量を大幅に削ることは、日本人ならば十分できるはず。ただ、日本の省エネはかなり限度に近づいているとも言える。つまり、いまでも非常に効率がいい社会。これをさらに進めるのはコストが高くついてしまうということをどう考えるのか。「環境が商売になる」とも言われる。確かに、あるところまではなるでしょうが、あるところから先は難しい。

 社会はシステム全体が絡み合っているから、ごまかしながら上手に動かしていけているだけだ。そういうところまで考えると環境問題は非常にやっかいな問題だということがわかるはずだ。

――「できることから始めよう」ではダメ?

 環境に配慮した生活を送ることも大切だ。しかしそれは生き方の問題だ。ただ、一人ひとりがどれだけがんばっても、社会システムにはあまり関係ない。そこをはっきり言わないと、かえって悪い影響がある。


 アル・ゴアの「不都合な真実」は、実は一番大事なことを隠している。炭酸ガスの温暖化問題はアメリカ文明そのものの問題。そこを言っていない。彼は環境問題は倫理問題だというが、石油に依存してきたアメリカ文明そのものが倫理問題に引っかかってくる。

 日本はもともと石油無しで文明を作ってきた歴史がある国だ。そのために人間をいかに訓練しないといけないかもわかっていた。「モッタイナイ」という言葉もそうだが、新しい社会のモデルは実は日本にこそある

 江戸時代が典型的だが、モノがうまくシステムのなかで循環していれば良い。それが持続可能性ということだろう。ただ、いまは江戸時代に比べて人口が多すぎる。自然環境をできるだけ破壊しないでこれだけの人口を維持するには、相当な無理が出ても当然だ。

 自然との調和を考えれば、人口は減らざるを得ない。だから現に減っています。本能的にはみんなわかっているからだ。

 お話してきたことは、みんなが自然に気がついていることばかりだ。こういう世界が長続きしないのは、日本人の8割が本当はわかっている。

 数年前、自分たちが生きている時代より子供たちの方が悪い時代を生きると答えた人が8割いた。現在のような状況が続かないだろうということは気づいている。そういう意味で、日本の国民は、民度が高い。「変わらなきゃ」という認識は強いのだ。

 われわれがタダでたくさん手に入れることができるエネルギーがある。太陽だ。植物はそれを上手に使って生産をしている。経済成長が大事だというが、植物は黙っていたってずっと成長している。一番効率のいい太陽エネルギーの変換の仕組みだ。
 生物はこれに依存して生きてきた。この仕組みの全体を生態系という。人間の社会システムもそこに組み込まれざるを得ない。
 そう考えると、経済の成長至上主義はおかしい。植物は放っておいても、社会システム全体に負担をかけずに成長している。どれだけの成長が適切なのか。「ほどほどの成長」というバランスが自然に取れているのだ。

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